2007年12月14日

山口屋

 伊勢神宮の参拝やおかげ横丁を見学したりして、夜は割烹で飲むことにした。本場の伊勢海老を食べてみようということで、時価と品書きに書いてある伊勢海老の焼き物をびくびくしながら注文してみた。
 うまい料理に酒もいいし、雰囲気もいいのだが、本格割烹の店なので値段が高そうで、早めに切り上げて、仕上げに伊勢うどんを食べることにした。
 夜の伊勢は、静かである。大通りの人通りは、ほとんどない。やがて、目的地の山口屋に到着した。少し古い感じの店構えである。

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 中に入ると、他に客はいない。席に座り伊勢うどんを注文した。ここの伊勢うどんは自家製麺である。手間ひまをかけてつくっているのだろう。伊勢うどんを出す店でも今では自家製麺をしているところは少ないと聞く。
 店内は静かで少し暗めの店内に客である私と店番のおばさんだけである。しかも自分は酔っ払ってぼーっとしている。この状況はなんというか微妙な関係である。
 ふと変なことを考えてしまった。私と店番のおばさんのどちらが偉いのだろうか?偉いというのは語弊があるが、お客さんであり、お金を払って伊勢うどんを食べる私のほうが偉いのか、わけのわからない酔っ払いの注文を受けて手間ひまかけて伊勢うどんを出してくれる店番のおばさんが偉いのか。どうなのだろう?

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 伊勢神宮には、内宮と外宮というのがある。内宮は皇祖天照大神(あまてらすおおみかみ)、外宮は豊受大御神(とようけのおおみかみ)が祭られているそうである。
 もともとこの地では、内宮の天照大神を祭っていたらしいのだが、その身の回りの世話をするために外宮の豊受大御神が呼ばれたらしい。
 ひとつの地に神様が二人いて、両立できるのだろうか。世俗的な言い方になるが、内宮と外宮のどっちか偉いのか?素朴な疑問がでてきてしまう。
 知名度から言うと、天照大神の方が断然有名であり、内宮外宮の設営の経緯を考えても、内宮の方が偉い、と素人は考えてしまうが、現在の専門的解釈では外宮の方が偉いと何かの本で読んだことがある。
 歴史的には内宮の方が偉いという時代があったり、逆に外宮の方が偉いという時代があり、その時代における世相を反映しているのだろう。
 外宮の豊受大御神は、内宮の天照大神の世話をするということなので、もちろん食事の準備も豊受大御神がして、天照大神がそれを食すという論理構造になっているのだろう。この食事に伊勢うどんが含まれていたのか、どうか、そんなことは、私の知るところではない。
 
posted by WALKER at 09:29| Comment(259) | TrackBack(0) | 伊勢うどん

2007年08月09日

まめや

 伊勢神宮は久しぶりである。10年ぶり以上であろうか。前に来たときは職場の団体旅行についていっただけで、伊勢うどんを食べたことは覚えているが、そのときは、まだうどんに興味がなかったので、どこでどんなうどんを食べたのかということまではよく覚えていない。

 今回は自分で伊勢神宮の初詣を計画して宿や鉄道のチケットをとったりした。お蔭参りも大事だが、もちろん、伊勢うどんはかかせない。お昼少し前に伊勢市駅前に到着し、宿泊予定のホテルに荷物を預け、まずは、「まめや」という老舗の店に食べに行くことにした。

 初詣客で駅から外宮までの参道は割とにぎやかであるが、「まめや」は駅から見て外宮の反対側にあるので、人の流れはそれほどでもない。駅前の大きな建物には、昔はデパートかスーパーでも入っていたのだろうが、今はシャッターが閉められ、寂れた町並みに見える。

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 踏切を越え少し歩くと、伊勢うどんという看板を見つけ、古そうな建物に足を踏み入れた。外観は古そうだったが、中はそうでもない。リニューアルしたのだろうか、意外と広くて明るく清潔そうな店内である。テーブル席に座り、メニューを眺める。一番シンプルな伊勢うどんを注文した。

 しばらく待つと伊勢うどんが届いた。白くて太いうどんは、あつあつで湯気がたっている。割と太くて柔らかそうだ。讃岐うどんとは全然違う食べ物みたい。伊勢うどんをゆでるには小一時間ほどかかるという話を聞いたことがあるので、茹でておいたものを暖めて客に出すのだろう。
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 出汁は、黒い。魚のダシがよくでていて、見た目ほどしょっぱくはない。むしろ、甘い。うどんの周辺部分、つまり外側の部分がふわふわ柔らかいからといって、ぶつぶつきれてしまうようなうどんではない。うどんの内部、中心部は、麺線を保持するためにきちんと芯があるというか、その割にはふにゃふにゃしているような、周辺部分を一手に集約する求心力があるというか、密度の濃いような逆にスカスカしているような、一つの言葉や感覚では理解表現することができない領域がある。茹で時間から考えると、麺の内部と外部でそれぞれ別に何らかの化学変化が起きていているということなのだろう。

 伊勢神宮の内宮に通じる宇治橋の中心部は、一部木が盛り上がっていて、神様の通り道になっているそうである。おそらくお蔭横丁で買ったであろうお土産のビニール袋を提げながら、その神様が通る橋の中心部を歩いているあのおばさんや、中心部に片足をかけて交通整理をしているあのおじさんには、伊勢うどんの奥深さはわからないだろう。

2007年1月
posted by WALKER at 22:26| Comment(12) | TrackBack(3) | 伊勢うどん