うまい料理に酒もいいし、雰囲気もいいのだが、本格割烹の店なので値段が高そうで、早めに切り上げて、仕上げに伊勢うどんを食べることにした。
夜の伊勢は、静かである。大通りの人通りは、ほとんどない。やがて、目的地の山口屋に到着した。少し古い感じの店構えである。

中に入ると、他に客はいない。席に座り伊勢うどんを注文した。ここの伊勢うどんは自家製麺である。手間ひまをかけてつくっているのだろう。伊勢うどんを出す店でも今では自家製麺をしているところは少ないと聞く。
店内は静かで少し暗めの店内に客である私と店番のおばさんだけである。しかも自分は酔っ払ってぼーっとしている。この状況はなんというか微妙な関係である。
ふと変なことを考えてしまった。私と店番のおばさんのどちらが偉いのだろうか?偉いというのは語弊があるが、お客さんであり、お金を払って伊勢うどんを食べる私のほうが偉いのか、わけのわからない酔っ払いの注文を受けて手間ひまかけて伊勢うどんを出してくれる店番のおばさんが偉いのか。どうなのだろう?

伊勢神宮には、内宮と外宮というのがある。内宮は皇祖天照大神(あまてらすおおみかみ)、外宮は豊受大御神(とようけのおおみかみ)が祭られているそうである。
もともとこの地では、内宮の天照大神を祭っていたらしいのだが、その身の回りの世話をするために外宮の豊受大御神が呼ばれたらしい。
ひとつの地に神様が二人いて、両立できるのだろうか。世俗的な言い方になるが、内宮と外宮のどっちか偉いのか?素朴な疑問がでてきてしまう。
知名度から言うと、天照大神の方が断然有名であり、内宮外宮の設営の経緯を考えても、内宮の方が偉い、と素人は考えてしまうが、現在の専門的解釈では外宮の方が偉いと何かの本で読んだことがある。
歴史的には内宮の方が偉いという時代があったり、逆に外宮の方が偉いという時代があり、その時代における世相を反映しているのだろう。
外宮の豊受大御神は、内宮の天照大神の世話をするということなので、もちろん食事の準備も豊受大御神がして、天照大神がそれを食すという論理構造になっているのだろう。この食事に伊勢うどんが含まれていたのか、どうか、そんなことは、私の知るところではない。

